コレステロール逆転送系に着目した動脈硬化性疾患の治療戦略
平成16年度の国民健康・栄養調査によると、40〜70歳の男性の2人に1人、女性の5人に1人がメタボリック シンドローム(MS)もしくはその予備群であるとされ、MSという病態が、日本国民に大きく広がっている実態が 浮き彫りとなった。MSは冠動脈疾患(CHD)のハイリスクとして位置づけられ、今後もこの病態に対する予防と 治療にますます注目が集まると予想される。一方、CHDの予防という観点から期待されるスタチンは、日本人に おいてもその有用性が証明されつつある。今回は、CHDのハイリスクであるMS症例におけるスタチンの役割 および使用意義について、小川久雄氏の司会のもと、伊藤裕氏と児玉龍彦氏にお話を伺った。
| 司会 |
出席者(発言順) |
 自治医科大学 内分泌代謝科 教授 石橋 俊 氏 |
 信州大学附属病院 循環器内科 教授 池田 宇一 氏 |
 群馬大学大学院 臓器病態内科学 教授 倉林 正彦 氏 |
 新潟大学医歯学 総合病院検査部 講師 三井田 孝 氏 |
 自治医科大学附属 大宮医療センター 総合医学第一 教授 河野 幹彦 氏 |

石橋 冠動脈疾患(CHD)の発症予防には、まずはLDL-Cをしっかりと管理することが重要であることは皆様ご異論のないところかと思います。しかし、Framingham Studyの結果では、LDL-C高値よりもHDL-C低値のほうがCHDの強い危険因子であると報告され、LDL-CとともにHDL-Cの管理も注目されていますね。
池田 UKPDS(United Kingdom ProspectiveDiabetes Study)の2型糖尿病におけるCHDの危険因子の序列でも、LDL-Cに続きHDL-Cが第2位と、血糖や血圧の管理より上位に挙げられています。ただ、今まではHDL-Cを上昇させる手段が限られていたため、まだまだ我々もHDL-Cに関するエビデンスを治療に活かせていないのが現状ではないでしょうか。
倉林 我々は、既に冠イベントを発症した二次予防の患者さんを診ているわけですが、そのようなハイリスクな患者さんでは、既にエビデンスの確立されたLDL-Cをしっかりとコントロールすることが大前提と考えています。しかし、3DIVUS (血管内超音波検査)を用いた最近の研究では、HDL-Cの上昇がLDL-Cの低下よりも強くプラーク退縮効果と相関するとの報告もあり、今後は二次予防においてもLDL-CとともにHDL-Cをもっと重要視する必要があると思います。
石橋 HDL-Cの低い患者や中性脂肪(TG)の高い患者に対してはフィブラート製剤が有効ですが、HMG-CoA還元酵素阻害剤(スタチン)とフィブラート製剤は副作用の面で併用は難しいのが現状ですよね。
倉林 そのような観点から、強力なLDL-C低下作用に加えHDL-C上昇やTG低下作用を兼ね備えたスタチンに期待をしています。
池田 長野県の実地医家の先生方にまとめていただいた結果では、ピタバスタチンは優れた LDL-C低下作用に加え、TGに対しても優れた効果が確認されています。また、多くの報告から、HDL-Cに対する上昇作用も認められているようです。このように、総合的に脂質を改善するピタバスタチンは、我々循環器専門医にとって、非常に有用な薬剤であると思います。
石橋 J-LIT(Japan Lipid Intervention Trial)の結果では、LDL-Cを1mg/dL低下させることでCHDの発症が1.7%低下するのに対して、HDL-Cを1mg/dL上昇させると、 CHDの発症が3.4%低下すると見積もられています。今後は、あくまでもLDL-Cをきちんとコントロールした上で、HDL-Cにも着目した治療戦略を考慮する必要がありますね。

石橋 HDLは末梢組織の余分なコレステロールを肝臓へ転送する、いわゆる「コレステロール逆転送系」の中心を担うリポ蛋白ですが、一言にHDLといっても、いくつかの種類に分けられるかと思います。三井田先生、HDLの分類についてご解説いただけますか。
三井田 HDLはその組成や機能が非常に多様であり、比重や粒子サイズ、アポ蛋白の組成、電気泳動上の移動度などの違いから、いくつかの亜分画に分類されます。アガロースゲル電気泳動でHDLを分離すると、その大部分はα位に泳動されますが、一部はpreβ位に泳動されます。前者はα-HDLと呼ばれ、主にHDL2-CとHDL3-Cの画分になります。後者はpreβ-HDLと呼ばれ、そのうち最も分子量が小さく脂質に乏しいものが今日お話しするpreβ1-HDLで、コレステロール逆転送系の初期段階で重要な働きをしています。
石橋 preβ1-HDLのコレステロール逆転送系での役割はどのようなものですか。
三井田 コレステロール逆転送系は、大きく3つのステップに分けられます(図1)。ステップ1は、肝臓や小腸から分泌されたアポA-IがABCA(1 ATP-binding cassettetransporter A1)を介して細胞膜のコレステロールを引き抜く過程です。preβ1-HDLはこの細胞からのコレステロールを最初に受け取るHDLです。ステップ2では、preβ1-HDL中の遊離型コレステロール(FC)をLCAT(lecithin cholesterolacyltransferase)によってエステル化し、膜への拡散や他のリポ蛋白上への移動を防ぎます。同時に、preβ1-HDLは球状のα-HDLに成熟します。ステップ3は、CETP(cholesteryl ester transferprotein)の働きで、α-HDL中のコレステロールエステル(CE)をLDLやVLDLに転送して肝臓へ持っていく、あるいは直接SR-B(I scavenger receptor class Btype I)と呼ばれるHDL受容体を介してCEだけを肝臓に取り込ませます。
石橋 臨床的にはpreβ1-HDLが増加するのと減少するのとではどちらが好ましいのですか。
三井田 preβ1-HDLは細胞からのコレステロールを最初に受け取る原始型のHDLですから、単純に考えれば多ければ良いと思われるかもしれません。しかし、CHDの患者さん、あるいは透析患者さんではpreβ1-HDLが高値を示します。これはpreβ1-HDLからα-HDLへの異化が障害されているためと考えられます(図2)。つまり、動脈硬化を起こしやすい患者さんのなかには、preβ1-HDLからα-HDLへの変換が障害され、preβ1-HDLが高値を示している集団があると考えられます。したがって、この血中preβ1-HDL高値またはpreβ1-HDLからα-HDLへの変換速度の低下が、コレステロール逆転送系の停滞の指標となる可能性が示唆されます。

石橋 それでは河野先生から、臨床におけるピタバスタチンのコレステロール逆転送系に及ぼす影響をお話しください。
三井田 我々は自治医科大学の内分泌代謝科を受診された高コレステロール血症患者さん29例を対象に、ピタバスタチン1日2mgを4週間投与し、総コレステロール(TC)やLDL-Cなどの血清脂質、HDL亜分画およびpreβ1-HDLからα-HDLへの変換速度を検討しました。その結果、TCは27%、LDL-Cは40%有意に低下しました(図3)。また、HDL-Cの投与前値が40mg/dL未満の患者さんのHDL-Cを11%上昇させ、TGの投与前値が150mg/dL以上の患者さんでは、TGを23%低下させました。
また、抗動脈硬化作用が強いといわれているHDL2-Cは9.0%有意に増加、HDL3-Cに変化はなく、preβ1-HDLは8.7%有意に低下、preβ1-HDLからα-HDLへの変化率は13.0%有意に増加しました(図4)。つまり、ピタバスタチン投与によりpreβ1-HDLからα-HDLへの変換が促進され、その結果preβ1-HDLが低下したものと考えられます。これにより、ピタバスタチンはLDL-C低下作用に加えて、コレステロール逆転送系の初期段階を活性化させる可能性が示唆されたと考えています。
石橋 その他にも、ピタバスタチンは基礎的な検討でABCA1の発現を増加させるなど、コレステロール逆転送系を活性化させるとの結果が報告されています(図1)。今回の河野先生のデータは臨床的にもそれを支持する結果といえるでしょう。
欧米の学会等でもHDLに対する関心は非常に強く、臨床に活かそうという研究が盛んに行われていますが、ピタバスタチンはコレステロール逆転送系に及ぼす作用として、PPARα活性化を介したアポA-Iの産生増加、CETP抑制によるHDL-C上昇などが報告されており、今後のさらなる研究が期待されています。今回の先生方のお話から、ピタバスタチンはLDL-C低下作用のみならず、HDL-Cの量も増やし、さらにはコレステロール逆転送系へも関与する可能性があることが分かりました。このような作用をどのように臨床の場で活かすことができるのかが、これからの課題だと思います。
本日は、有意義なディスカッションをありがとうございました。