海外の大規模臨床試験において、スタチンは冠動脈疾患のイベント発症率を1/3程度低下させると報告されている。我が国でもプラバスタチンナトリウムを用いたMEGA Studyの結果が報告され、同程度の効果が証明され、一次予防への有効性のコンセンサスが確立したといえる。そこで次の課題は、いかにこの1/3の壁を超え、最も有効で副作用の少ないスタチン治療法を確立するかである1)。
LDLコレステロールの管理目標値として、動脈硬化性疾患診療ガイドライン2002年版では、冠動脈疾患の既往がなくLDLコレステロール以外の主要冠危険因子のないA群では160mg/dL未満に、主要冠危険因子に応じてB1、B2群では140mg/dL未満、B3、B4群では120mg/dL未満、冠動脈疾患の既往のあるC群では100mg/dL未満とされている2)。問題は、強力にLDLコレステロールを低下させる必要のある高リスク症例で、管理目標値が達成されていない場合が多いことである。
一方、これまでの経験から極端に高用量のスタチンを投与し強力にLDLコレステロールを低下させようとすると筋肉障害が頻発すること、また一部のスタチンでは糖尿病の悪化例のあることがわかってきた。以前はコレステロール低下≒コレステロール合成抑制作用と考えられており、この作用が強ければ強いほど良いスタチンであるとの考え方があったが、この観点から最も強力なコレステロール低下作用を期待されたスタチンが、多数の横紋筋融解症を引き起こし臨床使用が中止されてから、単純にコレステロール合成を抑制するのでない、有効でしかも安全な新たなスタチンの治療指針が求められてきた。
近年、ヒトゲノム解読からスタチンの新たな作用機構が解明され、有効で安全な使用への新たな考えが生まれてきた。ゲノム解読とともにヒトの遺伝子は約2万3千個とわかり、その全てのmRNAの定量がDNAアレー技術で可能となってきた。我々は、アフィメトリクス社のDNAチップを用いて、スタチン使用に伴うヒト全遺伝子発現の変化を、肝臓、血管壁、筋肉のヒト由来培養細胞で解析した。
肝臓では、細胞内コレステロール合成を抑制すると転写因子のSREBP系が活性化され、コレステロールを増やすためにHMG-CoA還元酵素の遺伝子と、外部からコレステロールを取り込むLDL受容体の遺伝子が誘導される。スタチンが血中のコレステロールを低下させることができるのは、このLDL受容体遺伝子の発現を誘導して血液中のコレステロールを細胞内に取り込む作用が働くためである。この度合いはスタチンごとに異なり、コレステロール合成阻害剤の指標となるIC50の200倍濃度でみると図1に示すように、ピタバスタチンカルシウム(リバロ)が有意にLDL受容体のmRNA発現を高く誘導することが発見された3)。一方、筋肉ではスタチンによるコレステロール低下に敏感に反応し、逆にコレステロール合成を促進する多数の関連遺伝子が誘導される4)。また、血管の内皮細胞、平滑筋細胞では、コレステロールに富んだ細胞膜の領域であるラフトのコレステロール低下を介して、炎症、血管収縮、凝固にかかわる遺伝子の発現を抑制することがわかってきた5)。
このように、スタチンの主な作用はコレステロール合成酵素の抑制である一方、長期的な動脈硬化の予防の観点からは遺伝子制御を介する作用を示し、これがスタチンの多面的作用(pleiotropic effect)のメカニズムにも関わっている。この作用により、スタチンはコレステロール低下から期待されるよりも有効に心疾患や脳血管障害の発症を予防すると考えられている。

- 図1 ヒト培養肝臓細胞でのLDL受容体促進作用(in vitro)3)
これらの成績は、ゲノム科学からみたスタチンの有効かつ安全な使用方針を示している。それは、血液中のコレステロールを下げれば下げるほど良い、という単純な考え方ではない。図2に示すように、スタチンはコレステロール合成酵素を抑制し、細胞内コレステロールを低下させる。しかし、この効果が強すぎると細胞に障害を起こし、特に筋肉はコレステロール欠乏に敏感に反応し横紋筋融解症などを起こすことがわかっている。前述のように生体には本来コレステロール欠乏を防御するためのフィードバック機構が備わっており、これを妨げない用量でスタチンを使用することが安全性を考慮する上で極めて重要と考えられる。従って、合成を強く抑制して直接的にコレステロールを低下させるよりも、部分的に細胞内コレステロール合成を抑制することにより肝臓のLDL受容体を強く誘導し、血液中のLDLコレステロールを低下させることが、横紋筋融解症や耐糖能異常への悪影響といった有害事象を防ぎ、安全に脂質を低下させる上で合理的な治療方針といえよう。ピタバスタチンは「LDL受容体インデューサー」という新しい着眼点のもとに開発されたスタチンであり、安全で有効なコレステロール低下療法を可能にする薬剤と考えられる。


- 図2 ゲノム科学からみたスタチン作用機構の考え方の変化
以上の結果からスタチンの遺伝子制御の効果をもとに考えた、有効で安全性の高い治療に関する新たな考え方は次のようになる。
| (1) |
スタチンにより生体内のコレステロール合成を過度に抑制しすぎると筋肉などに障害が起こることが知られているが、通常は細胞中のコレステロールが減少すると、HMG-CoA還元酵素はコレステロールの合成を増やそうとするフィードバックを受けて逆に誘導される。 |
| (2) |
コレステロールの合成を増やそうとするフィードバック機構があるにもかかわらずスタチンが血中のコレステロールを低下させることができるのは、細胞膜上のLDL受容体遺伝子の発現を誘導して血液中のコレステロールを細胞内に取り込む作用が働くためであり、スタチンの薬理作用ではLDL受容体をいかに誘導するかということが極めて重要である。 |
| (3) |
安全かつ効果的にコレステロール低下作用を発揮するためには、コレステロール合成を部分的に抑制することによってLDL受容体発現を強く誘導し、血液中のコレステロールを効率よく取り除いてくれるような薬剤が理想的であると考えられる。 |
- (文 献)
- 1)http://www.medical-tribune.jp/congress/mega_study/index1.html
- 2)日本動脈硬化学会:動脈硬化性疾患診療ガイドライン2002年版. 2002, 9−10.
- 3)Morikawa S, Kodama T, Saito Y, et al.:J Atheroscler Thromb 7:138−144, 2000.
- 4)Morikawa S, Hamakubo T, Kodama T, et al.:J Atheroscler Thromb 12:121−131, 2005.
- 5)Morikawa S, Hamakubo T, Kodama T, et al.:J Atheroscler Thromb 9:178−183, 2002.